軽便.JP

軽便鉄道を題材とした鉄道模型製作の記録です。

カテゴリ: 実在車両

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1. 基本情報
• 形式称号: 215
• 記号番号: モハ215
• 製造所: 東洋工機株式会社
• 製造年月: 昭和29年2月(1954年)
• 自社工場改造: 昭和44年5月(1969年)空気制動装置改造

2. 寸法・重量
• 最大寸法(長さ×幅×高さ): 13,600mm × 2,236mm × 3,685mm
• 床面高さ: 1,120mm
• 自重: 17.5t
• 緩衝器高: 空車時 552mm / 積載時 530mm

3. 定員・室内
• 総定員: 75人
• 座席定員: 36人
• 客室面積: 21.05平方メートル

4. 走行装置・性能
• 台車(トラック):
• 種類: 揺れ枕式四輪ボギー
• 軸距: 1,500mm
• 主電動機:
• 型式: 神鋼電機 TBY-25-A
• 出力: 56.0kW
• 個数: 2個
• 電圧: 750V
• 歯車比: 7.75
• 牽引力: 1,220kg
• 速度: 31.3km/h
• 制動機(ブレーキ): 自動常用空気ブレーキ(非常弁付)および手用制動機
• 連結器: 日立ウィリソン式自動連結器

5. その他設備
• 電動機(圧縮機用): 3.12kW / 600V (1個)
• 制御器: HL式電磁単位スイッチ式 (2個)
• 電灯: 客室内 蛍光灯 750v 55w × 6個
• 車軸: 70φ × 127 (ジャーナル)、128φ × 171 (中央)



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1. 銀龍号|ロマンの塊みたいな車両


えー、みなさんどうも! 旦那です!


いやぁ、いきなりですが、世の中には「マジかよ!?」って顎を外してしまうような、ぶっ飛んだロマンの塊みたいな鉄道が存在するわけですよ。


で。
今回は軽便鉄道の世界から、昭和の最果ての地で生まれた、「異形のヒーロー」をご紹介したい。もうね、写真を見たら腰抜かすレベルです。
その名も、「根室拓殖鉄道」と、そこに所属した車両、伝説の気動車「銀龍号」!!


軽便ファンのアナタは「あーはいはい、ネムタクね。結構いいよね。」と食い気味にニヤついたことでしょう。




2. 最果てのナローゲージ|根室拓殖鉄道とは?


まず、この舞台となったのが、我らが日本の最東端、北海道・根室市。
根室拓殖鉄道は、根室から歯舞(はぼまい)まで、約15.5kmを結んでいた私鉄でした。開業は1929年(昭和4年)。

ちなみに、鉄道ファンからは愛を込めて「ネムタク」なんて呼ばれています。



ネムタク... キムタク... ちょ、待てよ!



で。
もちろん、軌間は762mm!
主な輸送は、地域の生活の足、そして昆布などの海産物。最果ての住民のライフラインだったんですね。



が。

経営は厳しかった。ご存知の通り、あそこはブリザードが吹くような極寒の地。さらに道路交通が発達してきちゃったもんだから、1959年(昭和34年)に、その歴史に静かに幕を下ろします。


まぁ、地方私鉄の厳しい現実ってやつですが、この鉄道が残した「伝説」がヤバすぎるんですよ。それが次にご紹介するヤツ!






3. 狂気の異形|「和製グース」こと銀龍号


今回の主役。根室拓殖鉄道にいた「キ1形」のちに「キハ3形」とされる気動車、通称「銀龍号」とは一体どんな車両なのか!?


こちらです。


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初見のアナタ、写真を見てびっくり「え、何これは!?!?なんでこんな形になったんだ?」 ってなりますよね。




4. 魔改造|狂ったような外観の秘密


銀龍号が登場したのは戦後の1949年頃。そう、「資材がねぇ!鉄がねぇ!レーザーディスクはナニモノダ!?」っていう、あの時代です。いや違うか。


Wikipediaによれば、

田井自動車工業製の単端式気動車。
4輪で日産180型トラック用「A型」6気筒エンジン搭載。



つまり田井自動車工業というきちんとした車両メーカー製であったのです。


それなのに。


銀龍号は、設計図というより“寄せ集めの意思”によって生み出されたように見えます。


前部はジュラルミン製の運転室、後部は「乗れればいいでしょ」と言わんばかりの簡素な客室。全体を眺めると、最初からこういう形を狙ったとはとても思えない。


むしろ「作っている途中で事情がどんどん変わった結果、こうなった」と考えるほうが自然です。



実際の事情はこうです。


1949年10月、銀龍号は根室拓殖鉄道に就役しました。

Wikipediaによれば、

キ1は、当初は貨物輸送を目的に製造され、キャブオーバー型トラック風の正面2枚窓スタイルで、それなりにまともな形態であった。
運転台部分はジュラルミンを使用していたとされ、その銀色のボディから「銀龍」と命名されたという。

とあります。


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つまり、最初のキ1の頃の銀龍号は、銀色の車体に赤い帯を巻いた大人しめの姿だったはず。


Geminiに描かせたイメージを見ると、細部はともかく、方向性としてはたぶんこんな感じだったのではないか、という気にはさせられる。

ところが、いざ走らせてみると問題が露呈する。


前後の重量バランスが悪く、脱線を頻発させたのです。このままではまずい、ということで、入線から程なく改造工事が施されます。

内容は比較的シンプルで、運転台前方にシャーシを延長してボンネットを設置し、重いエンジンを前方に移動させるというものでした。


要するに「重いものは前に持ってこよう」という、経験則に基づいた極めて真っ当な判断です。


が。

問題はそれで終わらない。


国鉄根室駅と自社の駅が離れているという立地条件の悪さから、貨物輸送ではトラックに太刀打ちできず、「銀龍号」は1953年、荷台を客室に改造して旅客車化されることになります。形式もキハ3へと改称。

そして、この客室がまた、なかなか「素敵やん」なのです。

木造の切妻構造で、側面両側に1か所ずつ折り戸を備えた、いわばバラック風の造り。
しかも製作は近所の大工に依頼したというのですから、昭和臭い話です。

ちなみに、客室と運転台は完全に分離されており、構造的には別物と言っていいんですが、運転台側の後窓と客室側の前窓が互いに接していたため、意思疎通は一応可能だったらしい。


この「一応」に、ネムタクと昭和の浪漫が詰まっているわけですよ!たまんねぇな!




5. 伝説は消えず、今も語り継がれる


残念ながら、根室拓殖鉄道の廃止と共に銀龍号も姿を消し、現存していません。

が。

その「異形性」と「背景にあるストーリー」は、廃線から半世紀以上経った今でも、軽便鉄道ファンや模型マニアの間で語り継がれています。


模型化されたり、私のような熱心な軽便ファンによる恰好の「おつまみ」になったりするわけです。


まさに、古の軽便鉄道が持っていたロマンの象徴。こんな「ヤバいもの」が日本に存在したってだけで、もう胸アツですよ!


あなたの街にも、もしかしたらこんな「銀龍号」クラスの激アツ伝説が眠っているかもしれませんよ!? 



じゃ、また次回!

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